ファツィオリ日記

2014年国際ジャズデイ、ハービー・ハンコックと共に

4月30日はユネスコ「International Jazz Day」でした。ジャズに象徴される文化の多様性と人類の融合、平和を祈念し、世界中でこの日が祝われました。
今年の記念コンサートは世界全大陸の196ヶ国+南極大陸と国際宇宙ステーションを繋いでお祝いされましたが、世界の中心は大阪でした。
大阪城西ノ丸庭園で行われたギャラ・ジャズコンサートは以下のビデオでご覧になれます(30:45に自動的に始まります)。
ハービーの感動的なスピーチも翻訳付です。

また、この下に準備の模様の写真をアップしましたのでお楽しみください。



お陰様で4月30日の天気は最高でしたが、前日のリハーサル日は一日中冷たい雨でした。
人間は暖かい洋服を着られますが、ピアノはどうすれば良いでしょうか?
29日の朝早、寂しく濡れている会場にピアノを搬入しました。。。。。

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ハービーはダウンジャケットでピアノに向かい、弊社のピアノ(F278)はレインコートです。
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翌日はうって変わって晴天。小曽根真さんは、Tシャツでゲネプロに臨みました。ピアノもホッとしています。
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穐吉敏子さんも参加しました。
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屋外に夜中のピアノは大変と思いますか?違います。専門的な防湿カバー+除湿器でピアノのケアは問題ありません。翌朝の湿度計は理想に近い50%+を指していました。

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ハービーが私とピアノ運送責任者の吉田さんの労をねぎらってくれました。来年の国際ジャズデイはどこの国になるでしょうか。世界の平和と人類のコミュニケーションの向上にジャズが貢献できるよう、来年も日本でこの日を盛り上げたいものですね!
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有難うアヴィラム!  - !תודה לך אבירם

4月26日のアヴィラム(Aviram Reichert, イスラエル出身、ソウル国立大学準教授)
による公開レッスン&コンサートは、
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1時間50分にもわたる、とても濃厚なレッスンとなりました。事前に、「課題が残らないところまでやる」言っていたアヴィラムですが、随所 に渡り細部の「音色」にこだわるパーフェクショ二ストの彼に、素晴らしい反応を示した鐵百合菜さん。情景の絵画的イメージを駆使し、聴衆への質問も交えながら、鐵さんを「追い込んで行く」。数回の試みで先生の求める音楽を奏でて行く生徒に、アヴィラムも時間が経つのを忘れたようです。
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素晴らしい技術と自分のアイディアもあるので、音に集中しなさいというまとめでした。その後予定のコンサートをこなし、さらに一曲ラフマニニフノのプレリュードOp. 32-5をアンコールで弾いてくれました。このイベントの詳細はこちら。打ち上げは盛り上がりました!

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翌々日は今回の来日ツアーのチェロのユンソンと紀尾井ホールで。引き続き素晴らしいアヴィラム的音の綾を聞くことが出来、マスタークラスで質問責めにあっていた豆ピアニストの小晴ちゃんも感激。次回は是非、ソロコンサートもという声が早くもあがっています。

ボリス・ギルトブルグ:ファツィオリとスタインウェイに関して

Boris.jpg Boris Giltburg は好んでFazioliを弾くピアニストの一人ですが、今週FacebookにFazioliとSteinwayに関する自分の考察を掲載しました。 読んだ時にとても感動しましたので、本人の許可を頂いて、和訳と英語の原稿を載せます。
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今夜マースメヘレン市(注. ベルギー)のコンサートでFazioliを弾いていて急に「Fazioli はなんて Steinwayと違うのだろう」という思いが頭をよぎった。こんなこ とを僕が言うと、「それがどうしたの、それこそ、そもそもFazioliが目指したことじゃないかー Steinwayに対する別の選択肢を提供するということを」と言われてしまうだろう。

でも別の選択肢ってそもそも何を意味するのだろうか?今一つのペンで物を書いているとしよう。誰かが別のペンを呉れて、試すようにという。では、誰かが筆 ペンをくれたとしよう。これはより良いか、それとも悪いか?答えはどちらでもない。どちらでも同じ文章が書ける。この文章を構成する文字に変わりはない。 でもそれ以外は違うのである。
手での持ち方、手の動かし方、紙との触れ方、等々・・・・・・そして、もちろん、最終産物である、見た目もかなり違うだろう。

Fazioli ピアノを弾く機会があるたびに、最初の数時間は(無意識に)Steinwayと向き合っている時と同じように向き合っている。でも、それは 絶対に良い結果を生まない。Fazioli はそれに抵抗するのである。僕は、ピアノに強制しようとする。すると出る音は自分が望む音からほど遠くなる。フラストレーションが起こる。僕がFazioli の「Steinwayらしくなさ」を(これもまた無意識に)受け入れた時、つまり二つのピアノの数々の違 いー微妙なものも大きなものもーを受け入れた時、いわば身を任せた時に、初めてFazioliの本当のクオリティーが現れ、あの音、あのカラー、あのニュ アンス、あのテクスチュア、つまりFazioli 独特の音の世界が広がるのである。

僕がスティーヴン・イッサーリス(注.チェロ演奏家)と一緒に行なったインタビューで、彼は自分の二つの楽器の各々がどの曲に適しているかという話をし た。でもFazioliとSteinwayの場合はそれは当てはまらないと思う。Fazioli の澄んだ音とアーティキュレーションの容易さの故に、 Fazioli はモーツアルトやバッハを弾くのに素晴らしいという人たちがいる。でも何世紀もの間、優れたバッハやモーツアルトの演奏がSteinway やBechsteinでされてきた。Fazioliは重厚なロマンティックや20世紀の曲にはパワーに欠けるという人たちがいる。でも自分の個人的な経験 から言うと、リストのロ短調や、プロコフィエフの第8番ソナタやラ・ヴァルス、ラフマニノフの2番などをFazioliで弾いたがパワーは必要以上に十分 であった。

だから、僕はFazioli かSteinwayかという話ではないと思う。今日のプログラムを昨日は良いSteinwayで弾き、今日は良い Fazioli で弾いた。どちらが好きかと決めることはとても難しいし、どちらも僕にとっては存在して欲しい。二つの経験は本当にかけ離れたもので、それ ぞれのピアノがコンサートを違う方向へ導いてくれるので、意味ある比較は不可能である。(そして多分これが真の選択肢が真に意味することであろう)。そし て、同じ曲を弾いた時に、単に新しい深みを発見するだけでなく、色々な点から、新たに解釈し、新たに音を聴くことを可能にしてくれるところが僕が Fazioli を愛す所以である。

木曜日にはSt. Luke's(注.ロンドン・シンフォニーのホール)で1554(Fazioli製造番号278-1554)を弾くのをとても楽しみにしている。

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Borisの演奏が聴きたいでしょうか?彼のYouTubeチャネルより以下のビデオをお勧めいたします。



(以下は英語の原稿です。)

Playing on a Fazioli tonight in Maasmechelen, something struck me: how *not* like a Steinway a Fazioli is. You might say, what's the big deal, isn't that what Fazioli set out to do - to present an alternative to Steinway?

But what does it really mean, an alternative? It's not like you were writing with a pen, and then somebody gave you a different pen to try out. Imagine you were writing with a pen, and somebody gave you an... ink brush. Is it better? Is it worse? Neither. You can write the same text with both, and the letters which this text is made of will not change. But everything else will: they way you hold it in your hand, the way your hand moves, the way what you write with touches the paper, etc etc etc, and, of course, visually, the end result will be quite different as well.

At each encounter with a Fazioli, I always pass through a period of time, usually a couple of hours, during which I (subconsciously) try to approach it as I would a Steinway, and it never works. The piano resists, I try to force it, the sound is far from what I'd like it to be; frustration ensues. It is only when I (again, subconsciously) accept its un-Steinway-ness, the myriad of things both subtle and big in which the two differ, and, in a way, surrender to it, that the piano begins to show its true qualities and there appear the sound, the colours, the nuances and the textures, in short, the soundscape which is Fazioli's own.

In an interview Steven Isserlis and I gave together, he talked about his two instruments, how each was better suited to different repertoire - but I don't know if this is the case here. I heard people say Fazioli was great for Mozart or Bach because of the clarity and the ease of articulation, but decades of great Bach and Mozart performances have been played on Steinways and Bechsteins. I heard people say that a Fazioli possibly lacked the punch for the heavy Romantic and 20th century music, but, speaking from personal experience, I played Liszt B minor on a Fazioli, and Prokofiev 8th, and La Valse, and Rachmaninov 2, and found in it all the punch I wanted and then some.

So, I think for me it's not about Fazioli vs Steinway. It's about both of them. I played this programme on a good Steinway yesterday, and on a good Fazioli today. I honestly cannot say I prefer the one over the other, and in the end I wouldn't want to be without either. The two experiences were so different, each piano leading the concert into another direction, that no meaningful comparison is possible (which, perhaps, what being a true alternative really means). And I love Fazioli for giving me this opportunity - to be able to play the same pieces of music and not only find new layers in them, but in many ways see and hear them in a new light.

Looking forward to Thursday and to a repeat encounter with the 1554 (Fazioli) at St. Luke's.

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高松国際ピアノコンクール  ファイナル

3月23日(日)、入賞者の発表、表彰式、演奏が行われ、2週間に渡ったコンクールが終幕を告げました。


1位 韓国ムン・ジョン (Mun Ji-Yeong)、韓国
2位 アンドレイ・シチコ (Andrei Shychko)、ベロルシア
3位 ノ・イエジン (Noh Yejin)、韓国
4位 アンナ・ツイブレヴァ (Anna Tcybuleva)、 ロシア

皆さんコンクール中を通じ、とても説得力のある演奏で新しい才能との出会いに興奮醒めやまぬ思いがしました。
また、Fazioli を弾かれた森田義史さんは惜しくもファイナルに進めませんでしたが、第三ラウンドのモーツアルトの協奏曲では、大きな拍手とブラボーで迎えられていました。

最後に、コンクール期間中Fazioliを選んだ出場者に、惜しみなく1日中練習の場とピアノをご提供くださった香川トヨペットの灘波社長に心より御礼を申上げます。灘波さんのピアノはこちらをご参照下さい。

写真: 灘波さんの美しい楡の木目Fazioliピアノで練習するイエジン(左写真)と黒田絵梨さん。お二人はFazioli を弾かれました。
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